理化学研究所

加藤ナノ量子フォトニクス研究室

研究内容:暗い励起子から明るい励起子への変換機構

カーボンナノチューブ中に生成される励起子には、光を放出することのできる"明るい励起子"と、光を放出できない"暗い励起子"が存在することが知られています。暗い励起子は発光にほとんど寄与しないことから、数パーセント程度というカーボンナノチューブの低い発光効率の一因だと考えられてきました。しかし、暗い励起子は光を出さないために直接観測することができず、詳しい性質は分かっていませんでした。

本研究では、幾何構造(カイラリティ) と架橋長さを決定したカーボンナノチューブを用いて、時間分解測定により暗い励起子の挙動を系統的に調べました。その結果、暗い励起子から明るい励起子への変換効率を定量的に求めることに成功し、変換効率は長いナノチューブほど高くなることが分かりました。さらに、明るい励起子へ変換される速度はカイラリティに依存すること、暗い励起子の50%以上を明るい励起子に変換できることを実験的に示しました。

Schematic of dark-to-bright exciton conversion
暗い励起子から明るい励起子への変換

この研究では、暗い励起子と明るい励起子の寿命が大きく異なることに注目しました。カーボンナノチューブにレーザーパルスを照射してエネルギーを与えると、励起子が生成されます。このとき、明るい励起子は60~80ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)ほどで明るく発光して消滅しますが、暗い励起子はその後もしばらく残ります。そして、暗い励起子の一部は明るい励起子に変換されるため、明るい発光の後に微弱な発光がしばらく続くことになります。したがって、明るい励起子が全て消滅した後、暗い励起子に由来する発光の様子を調べれば、暗い励起子の寿命や明るい励起子への変換効率を明らかにすることができます。

Length dependence of PL decay curves
カイラリティが同じで架橋長さが異なる複数のカーボンナノチューブにおける発光の減衰曲線

次にデータ解析により、暗い励起子から明るい励起子への変換効率を定量的に求めることに成功しました。暗い励起子は、レーザーが照射された場所から拡散して端部に到達したときに消滅する ため、長いカーボンナノチューブでは暗い励起子の寿命も長くなることが分かりました。また、拡散している途中で一定の速度で明るい励起子へと変換されるため、変換効率は長いカーボンナノチューブほど高くなることが明らかになりました。

さらに本研究では、暗い励起子から明るい励起子への変換効率がカーボンナノチューブのカイラリティや空気分子吸着の有無 などの条件に依存することが明らかとなりました。今回調べたカーボンナノチューブのうち最も変換効率が高いものは、暗い励起子の50%以上が明るい励起子に変換されていることを確認しており、この変換効率はカーボンナノチューブの発光効率を1.5倍に引き上げることに相当します。

本研究により、明るい励起子への変換メカニズムが明らかになったことで、十分に長いカーボンナノチューブが得られれば、端部における暗い励起子の緩和が起きにくくなり、さらに高い変換効率が期待できるので、暗い励起子を全て明るい励起子に変換できる可能性も出てきました。これに伴い、発光効率も向上するはずです。また、暗い励起子の拡散長は、今回の実験(4.2μm以下の長さのカーボンナノチューブ)では計測不能なほど長いことが判明しました。このような性質は単一光子発生に有利に働く ことから、暗い励起子を積極的に活用することでカーボンナノチューブによる単一光子源の性能向上につながると考えられます。

本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
A. Ishii, H. Machiya, Y. K. Kato High efficiency dark-to-bright exciton conversion in carbon nanotubes Phys. Rev. X 9, 041048 (2019). Link to publisher pdf

プレスリリース: 「暗い励起子から明るい励起子への変換機構を解明-カーボンナノチューブの発光効率向上への新指針-」