研究内容:架橋カーボンナノチューブにおける気相化学反応を用いた量子欠陥の導入
従来の情報処理・通信を超える技術として、量子光を用いる手法が注目されています。カーボンナノチューブは室温かつ通信波長帯域で単一光子発生が可能であることから、量子光源としての大きな可能性を秘めています。これまでに、化学修飾をすることで意図的に量子欠陥を導入し、単一光子発生させる手法が用いられてきました。合成直後の架橋カーボンナノチューブは、一般に用いられる溶液分散のナノチューブと比較して数倍発光効率が高いため、量子光源として用いることが期待されています。しかし、従来のカーボンナノチューブの化学修飾は溶液プロセスであるため、架橋カーボンナノチューブには適用できませんでした。
そこで本研究では、ヨードベンゼンの蒸気を用いた気相化学反応法により、架橋カーボンナノチューブの化学修飾を行う手法を実証しました。量子欠陥の導入は、反応前後で同じナノチューブの発光スペクトルを比較することでわかります。反応前はE11ピークのみが観測されますが、反応後は新たにE11-、E11-*ピークが観測され、これらのピークが量子欠陥からの発光であることを示しています。また反応後はE11ピークの強度が減少することも観測されています。
さらに、同様の発光分光測定を2000本以上のカーボンナノチューブに対して行うことで、ナノチューブの直径ごとの反応性や発光特性が明らかになりました。E11ピークの強度減少は、光励起により生成された励起子が拡散し、導入された欠陥で失活することを考慮した拡散方程式により説明できます。この物理モデルによる発光強度のシミュレーションと実験結果とを比較することで、見積もった欠陥密度の直径依存性を下図に示します。直径が小さいほど反応性が高く、より高密度に欠陥が導入されることを表しています。
本研究では、気相化学反応法を用いて架橋カーボンナノチューブに量子欠陥を導入できることを実証しました。架橋カーボンナノチューブへの気相化学反応が可能になったことで、反応分子数の精密なコントロールが実現し、単一分子レベルで量子欠陥を導入できる技術となることが期待されます。また本手法は、ナノチューブの長さ1マイクロメートルあたり1-2個という、非常に低密度の欠陥が導入できる点で重要です。今後さらに反応条件を最適化し、ナノチューブ1本に対して量子欠陥が1個だけある構造が作製できれば、単一光子源としての性能向上につながると考えられます。
本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
Formation of organic color centers in air-suspended carbon nanotubes using vapor-phase reaction
Nature Commun.
13, 2814 (2022).