理化学研究所

加藤ナノ量子フォトニクス研究室

研究内容:ペンタセン装飾カーボンナノチューブによる量子発光

単一光子源は量子情報処理技術において極めて重要な要素で、その有力な候補の一つにカーボンナノチューブが挙げられます。 カーボンナノチューブの発光 は、電子と正孔が緊密に結合した、いわゆる励起子の挙動に左右されます。そのため、室温での単一光子発生を目的として、励起子の挙動を操作する様々な手法が考案されています。これまでに、共有結合性欠陥による励起子の局在化、誘電率の不均一性による自発的な励起子の局在化、 励起子―励起子消滅過程の利用 などが、室温での単一光子発生に有効な手法であることが実証されています。

カーボンナノチューブは原子1層からなる構造をしているため、励起子のエネルギーは 誘電環境に非常に敏感 です。本研究では、架橋カーボンナノチューブをペンタセンのナノ粒子で非共有結合的に装飾することで、励起子のエネルギー環境を局所的に変化させ、室温での単一光子発生を誘発する新しい手法を確立しました。

実験としては、まず、真空蒸着法によってカーボンナノチューブにペンタセンを吸着させることで、直径100 nm以下のペンタセンナノ粒子でカーボンナノチューブを装飾しました。次に、ペンタセン装飾カーボンナノチューブの特性を明らかにするために、フォトルミネッセンス励起分光とフォトルミネッセンス像を測定しました。その結果、ペンタセン装飾カーボンナノチューブでは、装飾された部位の励起子のエネルギーが誘電遮蔽効果により低下し、フォトルミネッセンス励起スペクトルマップにおいてE11およびE22エネルギーが赤方偏移したピークが新たに検出されることが分かりました。

架橋カーボンナノチューブへのペンタセンの修飾(左)。ペンタセン修飾前(中)と後(右)のフォトルミネッセンス励起スペクトルマップ
架橋カーボンナノチューブへのペンタセンの修飾(左)。ペンタセン修飾前(中)と後(右)のフォトルミネッセンス励起スペクトルマップ

また、フォトルミネッセンス励起スペクトル中の弱い2uピークの挙動から、装飾されていない領域から装飾部位に励起子が移動していることが明らかとなりました。レーザーによる励起では、装飾されていない領域と装飾部位の両方で同時に励起子が生成されます。装飾部位の励起子は、誘電遮蔽効果によりエネルギーの低い2u状態にあり、さらに低エネルギーのE11状態に緩和して発光します。一方、装飾されていない領域の励起子はエネルギーの高い2u状態にあり、エネルギーの低い2u状態がある装飾部位に移動した後、同様に低エネルギーのE11状態から発光します。このような励起子の移動過程により、E11エネルギーが同じ2つの2uピーク、つまり、励起エネルギーが赤方偏移したものとそうでないものが観測されています。これに対し、装飾されていない領域からの発光ピークに対する励起スペクトルでは、2uピークが1つしか観測されていません。以上のことから、励起子は主に装飾されていない領域から装飾部位に移動すると結論づけることができます。

装飾されたピークと装飾されていないピークにそれぞれ対応するフォトルミネッセンス励起スペクトル(左)。方向性のある励起子移動プロセスを示すエネルギーレベル図(右)
装飾されたピークと装飾されていないピークにそれぞれ対応するフォトルミネッセンス励起スペクトル(左)。方向性のある励起子移動プロセスを示すエネルギーレベル図(右)

さらに、二つの異なる発光ピークに対応するフォトルミネッセンス強度の励起パワー依存性の測定から、ペンタセン装飾部位への励起子移動により励起子消滅が増強されていることが分かりました。加えて、光子相関測定によりペンタセンで装飾されたカーボンナノチューブでの室温単一光子発生が実証でき、複数のナノチューブの測定結果から一般的に光アンチバンチングを強めるためにペンタセンによる装飾が有効であることが示唆されました。

異なる発光ピークに対応するフォトルミネッセンス強度の励起パワー依存性(左)。室温での単一光子発光(右)
異なる発光ピークに対応するフォトルミネッセンス強度の励起パワー依存性(左)。室温での単一光子発光(右)

本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
Z. Li, K. Otsuka, D. Yamashita, D. Kozawa, Y. K. Kato Quantum emission assisted by energy landscape modification in pentacene-decorated carbon nanotubes ACS Photonics 8, 2367 (2021). Link to publisher pdf