研究内容:異次元ヘテロ構造におけるトリオン移動
帯電励起子(トリオン)はスピンと電荷の自由度を持ち、主にドープ系で研究されてきましたが、余剰電荷は無放射オージェ再結合による発光抑制や多体効果の複雑化を招きます。余剰電荷やトラップのない発光体で相互作用を避けつつ「純粋な」トリオン流を作ること、そしてトリオン起源のスピン量子ビットへつなげることは、従来の手法では未達でした。
本研究では、カーボンナノチューブ(CNT)とタングステンジセレン化物(WSe2)から成る混合次元(異次元)ヘテロ構造において、トリオン移動を初めて観測しました。試料は当研究室で開発したアントラセン転写技術により作製しています。まず、E22およびXWSe2の共鳴励起におけるフォトルミネッセンス(PL)スペクトルを比較しました。XWSe2ピークで励起すると、0.817 eVに顕著な低エネルギー発光が新たに出現します。 このサブピークとE11とのエネルギー差は、CNTのKモーメンタム励起子に対して期待される値約0.140 eVより小さく、複数試料で似ている低エネルギー発光を確認しました。さらに、直径の逆数(1/直径)に対するエネルギー差の依存性を解析した結果、このサブピークがCNTトリオン(TCNT)に由来することが分かりました。
空間分解PL励起イメージングにより、励起子移動とトリオン移動を判別できます。XWSe2共鳴励起では、励起子移動によりA励起子がCNTへ拡散してから移動するため、E11発光の励起イメージは空間的に広がります。一方、同一の励起エネルギー下でもTCNT発光のプロファイルには顕著な広がりは見られません。これらの差は、トリオンの拡散長が励起子より著しく短いということがわかりました。
従来のトリオン生成は発光体内の自由キャリアに依存しますが、トリオン移動は自由キャリアに依存しないため、より明るいトリオン発光を実現します。トリオン移動由来の発光効率を調べるため、標準的な2手法(静電ドーピングと化学ドーピング)と比較しました。静電・化学ドーピング試料はいずれもトリオン効率が限定的で、無放射オージェ再結合に起因する本質的な効率限界が示唆されます。一方、ヘテロ構造試料におけるトリオン移動由来の発光は高効率で、ドーピング手法の限界を2桁以上に上回ります。トリオン移動の概念を他の低次元系へ拡張することで、多体系励起子物理やスピン/バレーエレクトロニクス、先端オプトエレクトロニクスに新たな展開をもたらし、トリオン由来の新しいデバイス創出へ道を拓くと期待されます。
本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
N. Fang, U. Erkılıc, Y. R. Chang, S. Fujii, D. Yamashita, C. F. Fong, S. Morito, K. Kanahashi, T. Taniguchi, K. Watanabe, K. Ueno, K. Nagashio, Y. K. Kato
ACS Nano
20, 10933 (2026).