理化学研究所

加藤ナノ量子フォトニクス研究室

研究内容:カーボンナノチューブの決定論的配置によるナノ光デバイス作製

ナノテクノロジーという概念が提言されて以降、デバイスを微細化するということは技術革新の大きな原動力となっています。さらなる微細化の末には、原子スケールで制御された構造・界面を持つ材料がデバイスの構成要素になるときが来るかもしれません。例えばグラフェンなどの原子層材料を組み合わせた二次元ファンデルワールスヘテロ構造においては、原子レベルで定まった構造を持つ材料をその層数や回転角を制御して積層することで、全く新しい物理現象が数多く見出され、注目を集めています。より高い組み合わせ自由度を求めた場合、原子スケールで定まった構造を有する原子・分子といった構成要素は室温・大気中などでの保持・操作が難しく、逆に量子ドットなどの半導体のナノ構造では原子レベルで同一な構造を繰り返し得ることができません。

そのような観点で、 カイラリティと呼ばれる2つの小さな整数の組を指定することで繰り返し同じ構造が得られるカーボンナノチューブは、原子レベルで制御された技術を構築するのに最適な材料と言えます。これまでも所望のカイラリティを持つ1本のカーボンナノチューブを見つけ出し、その場にトランジスタや発光素子を作りこむことは可能でした。しかし、他の各種ナノ材料と組み合わせてより高次の機能を持たせ、さらに集積化するためには、所望のカイラリティを持つカーボンナノチューブを狙った位置へ精度よく運ぶ技術が重要となります。この際に清浄な表面を維持することも重要です。そこで私たちは、容易に昇華可能なアントラセンという分子の単結晶を媒介膜とすることでナノチューブを「きれいに」「好きな場所に」運ぶ技術を確立しました。特にアントラセン結晶上ではナノチューブが明るく発光することを利用し、蛍光分光によって構造を同定したナノチューブをモニターしながら、高精度で配置することができます。

Schematic of transfer process
決定論的配置の手順を示す模式図。(a)アントラセン結晶を拾い、(b)続いてナノチューブを拾う。(c)蛍光を観測しながら、(d)アントラセンおよびナノチューブを目的へ基板に置く。(e)アントラセンを昇華させることで、(f)溝に架橋したナノチューブなどが得られる。

例えば、単結晶水晶基板上でナノチューブの合成を行う場合、基板表面との相互作用によって特定の方向に向かって長尺に成長できます。しかし、その強い相互作用がゆえに励起子が影響を受け発光しなくなるため、フォトニクス応用には不向きなものでした。今回、アントラセン結晶を用いてそのような配向ナノチューブを転写して溝に架橋させることで、転写前と比べて約5000倍の発光強度が得られました。これは合成直後の架橋ナノチューブに匹敵し、長尺のナノチューブアレイを発光素子に応用できる可能性を示しています。

またオンチップ光通信やナノレーザーといった応用では、光源となるカーボンナノチューブを微小光共振器や導波路に空間的・スペクトル的に高効率に結合させることが重要です。そういった分野への本手法の適用例として、 フォトニック結晶ナノビーム共振器 の特定のモードに合致する発光波長を持つナノチューブを選び出し、位置や角度を緻密に制御しながら配置することで、決定論的に単一ナノチューブと光共振器を結合させることに成功しました。ここでは、 基板に接していると光らない、短尺だと光らない というカーボンナノチューブの性質を克服するために、 六方晶窒化ホウ素 をスペーサーとして用いています。このスペーサーは厚さ約30nmと極めて薄く、ナノビームで増強された電場の減衰を防ぐ役割も担っています。こうしたデバイス作製は、一次元のカーボンナノチューブに限らず、二次元材料に対しても相性の良い転写方法であるからこそ可能となります。原子レベルで構造が特定されたカーボンナノチューブを自在に操り、様々なナノ構造や他の低次元材料などと自由に組み合わせることで、新しい機能を持ったデバイス構築の道を拓くことができるはずです。

PL spectrum of a CNT coupled to a cavity
ナノビーム共振器に結合した1本のカーボンナノチューブからの発光スペクトルとそのデバイス構造の模式図。

本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
K. Otsuka, N. Fang, D. Yamashita, T. Tanguchi, K. Watanabe, Y. K. Kato Deterministic transfer of optical-quality carbon nanotubes for atomically defined technology Nature Commun. 12, 3138 (2021). Link to publisher pdf

プレスリリース: 「原子精度で定義されたナノ物質を正確に配置-ナノテクノロジーを超える技術への道を拓く-」

解説: 「ナノ材料を狙った位置へ正確に配置!―原子レベルで構造が定まった物質の操作へ大きく前進」 大塚慶吾,加藤雄一郎, 化学 76, 48 (2021).

解説: 「カーボンナノチューブの自在配置と光デバイス」 大塚慶吾,加藤雄一郎, 応用物理 91, 736 (2022).