理化学研究所

加藤ナノ量子フォトニクス研究室

研究内容:二次元材料を用いたハイブリッドシリコン全光スイッチングデバイス

光通信の高速化とエネルギー効率の向上に対する需要が高まる中、光信号のルーティングや変調を担う全光スイッチングはフォトニック集積回路(PIC)において重要な役割を果たします。従来のシリコンを基板材料とした全光スイッチングデバイスは、他の電気・光デバイスとの一体型の集積が可能である一方、シリコンのキャリア寿命により応答速度が制約され、速度と効率に限界がありました。これに対して、遷移金属ダイカルコゲナイドなどの2次元(2D)材料は、迅速なキャリア再結合や強い光と物質の相互作用といった特有の光電子特性を持ち、次世代のフォトニックデバイスの材料として有望です。本研究では、シリコンと2D材料を組み合わせたハイブリッド構造により、PICにおけるシリコンのプラットフォームとしての優位性を活かしつつ、全光スイッチングの性能限界を克服することを目指しました。(図1)

図1(a)二次元材料を用いたハイブリッドシリコン全光スイッチングデバイスと(b)スイッチングの動作原理の模式図
図1(a)二次元材料を用いたハイブリッドシリコン全光スイッチングデバイスと(b)スイッチングの動作原理の模式図。

私たちは、2D半導体である二テルル化モリブデン(MoTe₂)をシリコンナノ共振器に集積させたハイブリッド全光スイッチングデバイスを開発しました。このデバイスは、MoTe₂での光励起による屈折率の変化を利用してスイッチングを実現します(図1(b))。効率的な光と物質の相互作用を目指し、フォトニック結晶ナノビーム共振器を設計し、そこにMoTe₂フレークを転写しました(図2(a))。MoTe₂に光パルスを照射することで、共振器の共振波長がシフトし、スイッチング動作が可能になります。

図2(a)作製したハイブリッドシリコン全光スイッチングデバイスの光学顕微鏡像と(b)共振スペクトル。
図2(a)作製したハイブリッドシリコン全光スイッチングデバイスの光学顕微鏡像と(b)共振スペクトル。

MoTe₂が集積された共振器は、低エネルギー動作に必要な高いQ値を保持しており(図2(b))、また、MoTe₂の劣化による欠陥が増えることで非放射性再結合が促進され、スイッチング速度が向上することも確認されました。信号とポンプの波長を調整することで最適な変調コントラストが得られ、ポンプ波長の最適値は約1000 nmであることが示されました(図3(a))。実験の結果、高速(数十ピコ秒)かつ低エネルギー(数百フェムトジュール)のスイッチングが達成されました(図3(b))。シリコンのみのデバイスと比較すると、このハイブリッドスイッチはスイッチング速度が大幅に向上し、エネルギー消費も低減しました。

図3(a)スイッチング応答のポンプ波長依存性と(b)ハイブリッドスイッチとシリコンのみのデバイスのスイッチング応答の比較。
図3(a)スイッチング応答のポンプ波長依存性と(b)ハイブリッドスイッチとシリコンのみのデバイスのスイッチング応答の比較。

このハイブリッド全光スイッチングデバイスは、シリコンの性能限界を克服し、エネルギー効率が高く高速なスイッチングを実現するもので、集積フォトニクスシステムにおける今後の応用が期待されます。

本研究の詳細については、こちらの論文を参照してください。
D. Yamashita, N. Fang, S. Fujii, Y. K. Kato Hybrid silicon all-optical switching devices integrated with two-dimensional material Adv. Opt. Mater., 2402531 (2024). Link to publisher pdf